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ふるさと奄美 成長奮闘記


奄美大島に移住して12年。島のくだもの(パッションフルーツ、ポンカン、たんかん)をネット販売をしながら奄美への移住情報を提供。1人でも多くの方に奄美を知ってもらい、奄美のファンになってほしい。
by wadakatu2007
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フルーツの里あまみ
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2008年 11月 13日 ( 1 )


へ~こんなところに、、、

根瀬部のトンネルの入り口に何かの立て看板があるのは知っていましたが
まじまじと書いている文章を読んでみると、棒踊りのことが書いてありました。
c0137994_10263825.jpg

トンネルの左右の壁にも棒踊りの絵が。これは知っていました。
c0137994_10265640.jpg

文章を読んでいくと、、

根瀬部棒踊りは、古く徳川時代に薩摩藩が広く農民に
武術の基本を身につけさせ外に備えて武力の一翼を
担わせる目的と常に領民の士気高揚に資するため農具の

六尺棒、三尺木刀、薙刀、鎌などを用い現在県下各地で
郷土芸能として傳承されている棒踊りと一連の
つながりがあるといわれている。

奄美に傳承されている棒踊り発生の年代は定かではなく、
一説によると薩摩藩が慶長15年、琉球王朝征討のとき
奄美に立ち寄り薪炭、飲料水等の補給と人夫を徴発した祭

島の人々への慰めを含めて薩摩の農民武士が披露し教授したことが
島への踊り伝来のはじめと言い傳えられる。

その後、島内各地の踊りは明治の中期にいたる間に衰徴の一途をたどり、
踊りが消えうせる村々も少なくなかったが明治後期の富国強兵の
機運と相俟って村々では棒踊りの復活が図られた。

根瀬部でも先祖から傳承されたこの文化遺産を守り
郷土芸能の保存継承につとめて現在に至るものである。

、、、長い難しい文章ですが、こんなに古い伝統のある踊りだとは知らなかった。
先日の発表会の前にこれを読んでいたら又違う見方もできたかな。

年々踊り手が少なくなってきていますが、(かなりハードな踊りだからか?)
我が家の息子たちが後々引き継いでくれたらうれしいなと思います。

by wadakatu2007 | 2008-11-13 12:34 | 地域